おはようございます
内藤です
第174回のテーマは
「お盆」
今週はお盆休みの方が多いのではないでしょうか
お盆
13日に迎え火を焚いて
16日に送る
代々のご先祖様を招いて法要する
大事な仏教の儀式です
これは日本固有の先祖崇拝に由来しますが
元々は仏教行事
お釈迦様のお弟子さんのモクレン
このモクレンの母親が死んだ後に
地獄に堕ちてしまった
その母親を救うために法要を行ったのが始まりです
でも
私は日本のお盆
このお盆の法要には大きな意味があると思います
受け継いでいくべき物語があるのです
お盆
盆という字
お皿に分ける
と書きます
お皿の食べ物をみんなで分ける
ということ
ご先祖様みんなでお分けになって
どうぞ召し上がってください
ということ
なぜそのような字を使った行事なのか
昔から日本は
日本に限ったことではないですが
農耕民族には
凶作の年には食べる物がない
食糧難で多くの死者が出る
ということがありました
飢饉ですね
大規模な飢饉になると
日本全国その各地で
大量の死者を出しました
全国民の何割かがいなくなるような大惨事です
しかもそれが結構な頻度で起こるのです
天保の大飢饉や享保の大飢饉
江戸時代だけでも何度も起こっています
その都度
多くの方が亡くなっていったのです
お寺には過去帳という帳面があります
亡くなった方の日時などを記しているものです
当然、飢饉で亡くなった方の
その記載も残っています
過去帳を見ていく中で浮かび上がったことがあったのです
死ぬ順番
食料が底をついていく中
その家で犠牲になる順番というものがあったのです
一体誰から死んでいったのでしょうか
体力のないおじいちゃんおばあちゃんでしょうか
まだ免疫もない小さな子や赤ん坊でしょうか
違います
お母さんです
その家のお嫁さん
昔は完全な男性社会でしたからね
お母さんがまず犠牲になっていたのです
おじいちゃんおばあちゃんの世話を見て
子供たちを守り
お母さんがまず飢えて死んでいったのです
そして次におじいちゃんおばあちゃんが力尽き
一家の柱である父親も力尽きていきます
ほんの少し残された
最後の最後
わずかな食料を
子供に託して
大人達は死んでいったのです
最後に子供が死んでいくことも多々ありました
しかし
その最後の望み
一縷の希望の子供が
何とか生き延びるということがあったのです
そんな絶望を乗り越えて
わずかな希望の糸を手繰り寄せて
繋いでいった命が
今、私たちなのです
私にもあなたにも
ご先祖様の中に必ずいるのです
あの絶望的な飢饉の中で
自分の命を捨てて
子供に託した
その思いが脈々と受け継がれて
今、私たちがここに存在しているのです
あの時
お母さんがまず犠牲になったからこそ
お父さんが食べ物を残したからこそ
私たちが生まれてくることが出来たのです
今、私たちが
食べたい物を食べ
飲みたい物を飲み
着たい物を着て
テニスを楽しむことが出来る
それも
ご先祖様のおかげなのです
そんなご先祖様に
どうぞとおもてなしをする
お盆の法要を行う
そういった大切な意味
子供たちに受け継いでいくべき物語があるのです
お盆休み
楽しく過ごすのはいいことです
ただ、一日だけでも
ほんの一時間だけでも
ご先祖様に思いを馳せる
ということも大事なことですね
今日はご先祖様を思う
今の自分が存在している
というとんでもない奇跡を思ってみましょう
私たち一人一人は
その誰もが
ご先祖様全ての希望の光
その望みの命です
それを忘れずに日々生きていきましょう!